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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)643号 判決

原告

安田一夫

被告

神戸自動車交通株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金一、一三〇万四、六六〇円およびうち金一、〇三〇万四、六六〇円に対する昭和五一年九月二八日から、うち金一〇〇万円に対する昭和五六年一二月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告は、左記交通事故により、左骨盤粉砕骨折、右大腿骨骨折、第五腰椎左横突起骨折、下顎部割創および頭部外傷の傷害を受けた。

(1) 日時 昭和五一年九月二七日午前一時三〇分ころ

(2) 場所 神戸市生田区海岸通一丁目国道二号線交差点(以下、本件交差点という。)付近

(3) 加害車両 普通乗用自動車(神戸五五あ五九三一)

所有者 被告神戸自動車交通株式会社(以下、被告会社という。)

運転者 被告保田哲夫(以下、被告保田という。)

(4) 態様 被告保田が加害車両を運転して、国道二号線を東から西に走行中、本件交差点東側でタクシーを拾うため道路南端で立つていた原告に加害車両を接触させて、原告を路上に転倒させた。

(5) 治療経過および後遺障害

(イ) 昭和五一年九月二七日から昭和五二年六月三〇日まで(二七七日間)神戸港湾病院に入院。

昭和五二年一〇月三日から同年一一月九日まで(三八日間)同病院に入院。

(ロ) 昭和五二年七月一日から同年一〇月二日まで(実治療日数六五日間)、同病院に通院。

昭和五二年一一月一〇日から昭和五四年二月八日まで(実治療日数二九八日間)同病院に通院。

(ハ) 昭和五四年二月八日症状固定。右膝および右股の各運動制限。

2  責任原因

(1) 被告会社は、加害車両を保有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条所定の責任がある。

(2) 被告保田は、前方注視を怠つて加害車両を高速で走行させ、事故回避措置を怠つた過失があるから、民法七〇九条所定の責任がある。

3  損害

(1) 治療費金三四二万八、六五〇円

(2) 付添看護費金九八万六、八二〇円

(3) 入院雑費金三一万五、〇〇〇円

入院期間三一五日間について、一日金一、〇〇〇円で計算した。

(4) 通院交通費金九万六、三五〇円

(5) 休業損害金一〇五万円

原告は合資会社カネマツに勤務し、昭和五一年三月当時月額金一〇万円の収入を得ていたところ、本件事故当時、休職中であつたが、復職を予定していたから、入院期間(三一五日間)の休業損害を右月額金一〇万円で計算すると金一〇五万円となる。

(6) 逸失利益金二六三万五、四四〇円

原告の後遺障害による労働能力喪失は二〇パーセント、その継続期間は就労可能年数である一五年間とするのが相当であるから、原告の後遺症による逸失利益は金二六三万五、四四〇円〔100,0000円×12月×0.2×10.981(新ホフマン係数)=2635,440円〕となる。

(7) 慰謝料金四三六万円

(8) 損害の填補金二五六万七、六〇〇円

(イ) 自賠責保険分 金一九六万七、六〇〇円

(ロ) 被告ら支払分 金六〇万円

(9) 弁護士費用金一〇〇万円

4  結論

よつて、原告は被告らに対し、(1)ないし(7)の合計額から(8)を控除した金一、〇三〇万四、六六〇円と(9)の金一〇〇万円合計金一、一三〇万四、六六〇円およびうち金一、〇三〇万四、六六〇円に対する昭和五一年九月二八日(本件事故発生の翌日)から、うち金一〇〇万円に対する昭和五六年一二月一日(判決言渡の日の翌日)から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の冒頭の部分および(5)は知らないが、同1の(1)(2)(3)は認め、同1の(4)は否認する。

2  同2の(1)は認めるが、(2)は否認する。

3  同3の(8)は認めるが、その余は知らない。

三  抗弁

1  自賠法三条但し書の免責の抗弁

(1) 本件交通事故は、原告が泥酔して交通頻繁な本件交差点を、赤信号を無視して横断したため発生したものであつて、被告保田としては、原告のように信号を無視して横断してくる歩行者のあり得ることまでも予測して、徐行すべき義務はなく、前方を注視していたが避けられなかつたものであるから、原告の一方的過失によるもので被告保田には過失はない。

(2) 加害車両の構造上の欠陥、機能上の障害の有無と本件事故とは関係がない。

2  示談の成立の抗弁

原告と被告らとの間には、昭和五二年八月一九日、本件事故に関し、原告の後遺症一二級を前提として、被告らは原告に対し、金六〇万円を支払い、残余は自賠責保険金を原告が請求し、今後いかなる事情が発生しても、双方とも異議の申立てをしない旨の示談が成立した。

3  消滅時効の抗弁

本件交通事故による損害賠償の請求権は、原告が本件事故の発生した昭和五一年九月二七日より三年間、その請求をしないときは、時効により消滅すべきものであるところ、原告は、昭和五四年九月二五日、被告会社に対し、催告をしたものの、六か月以内に民法一五三条所定の手続をしていないから、おそくとも昭和五五年三月二六日には消滅時効が完成しているので、被告らは本訴において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否および再抗弁

1  抗弁1(1)は否認する。

2  抗弁2は否認する。

仮に原告と被告らとの間に被告ら主張のような示談が成立したとしても、右示談は、原告の無知に乗じて成立させたものであるから、公序良俗に反して無効であり、また、原告が要素の錯誤によつて締結したものであるから無効である。仮に無効でないとしても、被告らが原告を欺罔して締結させたものであるから、原告は、本訴において、原告の右示談締結の意思表示を取り消す。

3  抗弁3は争う。

本件交通事故による損害賠償の請求権は、被告らの債務の承認によつて時効は中断している。すなわち、被告らは原告に対し、右損害賠償債務の一部として昭和五二年八月一九日金六〇万円を支払つて、債務全部を承認している。

五  再抗弁に対する認否

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件交通事故の発生について

請求原因1の(1)(2)(3)は当事者間に争いがなく、争いのない右事実に成立に争いのない甲第一号証、乙第三号証、証人江頭孝の証言および原告ならびに被告保田各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、三車線からなる幅員一一・二メートルの西行車線と幅員一一・六メートルの東行車線の東西に通ずる国道二号線と幅員一八・三メートルの南北に通ずる道路が、ほぼ直角に交差する交差点(本件交差点)であつて、本件交差点は、その東西に、それぞれ南北に通ずる横断歩道があり、信号機によつて交通整理が行われていること、被告保田は、加害車両を運転して、国道二号線の西行車線のセンターラインよりの車線を時速約五〇キロメートル(速度制限最高五〇キロメートル)で東から西に走行中、本件交差点の信号が青を示していたので、そのまま直進しようとしたところ、原告が本件交差点東側の横断歩道上を南から北に向つて自己の車線内に進入するのを前方約一七・二メートルに発見し、衝突の危険を感じて急制動の措置をとつて右に転把したが及ばず、加害車両の右ヘツド・ライト付近を原告に衝突させたこと、原告は、深夜まで酒を飲み、本件交差点が信号赤を示しているのにかかわらず、本件交差点の東側横断歩道上を南から北に向つて西行車道のセンターラインよりの車線にさしかかつた際、折柄、その車線を西進する加害車両と衝突したこと、本件交差点付近は、東西の見とおしは良好で、街灯があるものの、当時降雨のためもあつて、横断歩道上の人の動静の発見は、やや困難であつたこと、原告は、本件事故により、右骨盤粉砕骨折、右大腿骨々折、第五腰椎、左横突起骨折、下顎部割創および頭部外傷の傷害を受け、昭和五一年九月二七日から昭和五二年六月三〇日まで(二七七日間)と同年一〇月三日から同年一一月九日まで(三八日間)神戸港湾病院に入院治療を受け、同年七月一日から同年一〇月二日まで(実治療日数六五日間)と同年一一月一〇日から昭和五四年二月八日まで(実治療日数二九八日間)同病院に通院治療を受け、昭和五四年二月八日、同病院において、症状固定の診断を受けたこと、後遺障害の内容は、自覚症状として、階段昇降困難、トイレ困難、胡座、正座不能というものであり、他覚症状としては、右膝、右股の運動制限であること、以上のとおり認めることができ、原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  責任原因について

本件交通事故の発生は、原告が深夜まで酒を飲み、本件交差点の信号が赤を示しているのにかかわらず、これを無視して本件交差点東側の横断歩道上を南から北に横断したことに主たる原因があるものというべきであるが、被告保田は、国道二号線の西行車線を東から西に進行するに際し、本件交差点付近の東西の見とおしは良好で、街灯があるものの、当時降雨のためもあつて、横断歩道上の人の動静の発見が、やや困難な状況にあつたのであるから、前方の注視を一層厳重にし、減速するなどして事故の発生を未然に防止すべきであつたのにかかわらず、もつぱら青の信号をたより、減速することなく時速約五〇キロメートルで進行したため、原告の発見が遅れ、原告を前方約一七・二メートルに発見したときは、減速していなかつたために原告を回避することができなかつたものと考えられるところからすると、かかる被告保田の過失も、本件事故発生の一因をなすものというべきである。

したがつて、被告会社が加害車両を保有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところ、被告保田が本件交通事故の発生について過失が認られる以上、被告会社の自賠法三条但し書の免責の抗弁は採用できず、被告会社は自賠法三条所定の責任を免れないし、被告保田が民法七〇九条所定の責任を負うことは明らかである。

三  示談の成立について

そうすると、被告らは原告に対し、本件交通事故によつて原告に発生した損害のうち、その相当因果関係の範囲内で、原告の過失を斟酌して相当額を過失相殺により減額した額について賠償する責任があるところ、成立に争いのない乙第一号証、第四号証、証人森仟寿の証言によれば、原告は、昭和五二年六月二〇日、本件事故により受傷して入院治療を受けていた神戸港湾病院を退院し、以後、同病院に通院していたが、被告会社に対し、本件交通事故に関し、示談の申入れをしたところから、被告会社の事故係をしていた森仟寿は、原告と原告が本件交通事故に関する示談交渉を委任した八代真一の両名に三回にわたり面談し、原告らに対し、まだ原告が通院している状態であり、症状固定の診断のない段階での示談には時機尚早ではないかと説得したけれども、原告らが示談の早期締結を求めるので、被告らとしては、本件交通事故は、その態様に照らし、原告の一方的過失によるもので、被告らに損害賠償の責任を負う筋合ではないと考えるが、後遺症分を含めて自賠責保険の限度であれば、立替払として金六〇万円を支払つてもよいと提案したところ、原告らが、これに応じたため、昭和五二年八月一九日、原告と被告らとの間において、原告側には八代真一が立会い、被告ら側には森仟寿が代理人となつて、「被告らは原告の損害に対し、自賠責保険範囲内で支払う。(1)自賠責保険金額のうち金六〇万円は示談解決の時に支払う。(2)自賠責保険金額(後遺障害がある場合も含む)の残り金額は被害者請求をする。」という内容の示談が成立し、今後いかなる事情が発生しても、双方とも異議を申し立てないと記載した示談書(乙第一号証)を作成し、森仟寿から原告に趣旨を説明し、原告も了解してその示談書に署名押印をし、同日右示談書にもとづいて被告らから原告に示談金六〇万円が支払われたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そうすると、原告と被告らとの間においては、原告に本件交通事故による損害賠償債権が存在し得るとしても、昭和五二年八月一九日、本件交通事故に関し、原告に前記認定のような後遺症が遺るであろうことを前提として、被告らが原告に対し金六〇万円を支払い、その他に原告において生ずる損害については原告が自賠責保険金を請求するという内容の示談契約が成立し、金六〇万円が原告に支払われたことにより、原告は被告らに対し、なんら損害賠償債権を有しないこととなつたというべきである。原告は、右示談契約は、原告の無知に乗じて成立させたものであるから公序良俗に反して無効であるとか、原告の要素の錯誤によつて締結したものであるから無効であるとか、あるいは、原告の示談締結の意思表示が被告らの代理人森仟寿の詐欺による意思表示であるとか主張するが、原告の請求し得べき損害額を試算しても、示談契約に基づく金額が低額にすぎるとは認められないし、原告の右主張に副うような原告本人尋問の結果は信用できず、他に原告の右主張を是認するに足りる証拠はない。

四  むすび

よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井昱朗)

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